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FORUM CHINEMA NETWORK フォーラムシネマネットワーク

メッセージ from フォーラム

フォーラムの30年と未来に向けて

2014.5.1

 1984年7月25日、山形市大手町に開館したフォーラムは、人口の少ない地方都市山形で、映画に目覚めた[深い]映画ファンが観たがるような映画を上映し続けるためには、どうすればいいか? という問いから出発し、一般娯楽映画と一緒に上映できるペア・シアター、またはトリプル・シアターとすることで経営の安定をはかり、観客の少ない名作映画も上映できる環境を創ろうというものでした。

 一般娯楽映画も、できるだけ良質のものを選択するように心がけ、「フォーラムはいつもいい映画を上映している」という評価をいただき、ヘビーな映画ファンには安くたくさん観ていただけるよう、会員になると1000円という入場料を実現し、年10回観ていた方が、20回、30回と回数を伸ばしていくようになり、山形で公開される作品数は、人口対比で日本一多い、という映画の街を実現することができました。

 1990年代、山形にはペア・シアター2サイト。福島はペア・シアター3サイト。盛岡・仙台はトリプル・シアターをそれぞれ1サイトづつ運営し、全国で10本以下しかプリントがないような作品も、フォーラム用に1本増やしてもらえるようになるまで、業界内での実力をつけてきました。

 しかし一方、1993年から始まったアメリカ型シネマコンプレックス建設の波は全国に広がり、既存の映画館は廃業に追い込まれていきました。

 1998年、福島市、米沢市、北上市にシネマコンプレックスが相次いで開業。徒歩5分という近い場所にシネコンが開業した福島フォーラムは、入場者数がいきなり6~7割減という荒波に呑み込まれ、シネコンから50㎞も離れていた山形フォーラム、盛岡フォーラムでも、入場者数3割減という影響を受けました。フォーラムは経営危機を迎えたのです。

 もはや、私たちもシネコンにトランスフォームしなければ生き残れない。しかし、娯楽映画オンリーのシネコンならフォーラムがやる意味がない。私たちがやるなら、アートな映画もすべて上映する"フォーラム型シネコン"を追求する!

 経営危機の中で、第2の創業の苦しみの末、2000年12月に「ソラリス」。2003年9月に「フォーラム八戸」。2005年4月に「フォーラム山形」。2006年12月に「フォーラム盛岡」。2009年12月に「フォーラム那須塩原」。2010年11月に「フォーラム東根」と、"フォーラム型シネコン"にトランスフォームしてきました。

 福島はトランスフォーム出来ていませんが、「フォーラムを存続・発展させる会」が結成され、熱く映画を支える観客の集団が生まれ、作品によっては市内のシェア50%以上を確保することもたびたびです。あれから16年、苦しいながらも営業を続けています。

 仙台は、郊外型シネコンの激戦地となりましたが、中心部に残った数少ない映画館として、アート系を中心とした番組編成で、お客様の支持を集めています。 2008年4月、山形に郊外型シネコンが建設され、さらに今年3月、天童にイオンシネマが開業。村山地域に4サイト、38スクリーンという全国有数の激戦地になりました。

 村山地域の人口は50万人あまり。最上地域からの観客を期待しても、年間入場者数70万人前後。これを4サイトで分け合うと、1サイト10数万人から20数万人。映画館が生き残るには、なかなか厳しい数字です。5年後、10年後どうなっているかはわかりませんが、山形は創業の地です。きっとお客様が支えて下さると信じて、理想に向かってプロの仕事を続けるしかありません。30周年は、ただの通過点に過ぎません。

 私たちは、40周年、50周年を元気に迎えられるよう頑張ります。「観客と共にある映画館」が私たちの目的ですから。

 『渇き。』の公開日が6月27日(金)に変更になりました。山形在住の原作者、深町秋生さんがマンスリーガイドに特別寄稿してくださいました。ぜひご覧ください。

 作品の仕上りは「素晴らしい!」の一言です。これだけのキャストたちが、嬉々として"悪人"を演じている様は、まさに見ものです。原作の素晴らしさと、それを生かし切った中島哲也監督の勝利と言える映画です。『告白』以上の衝撃作になっています。ぜひご覧ください。

2014年5月26日
(フォーラムネットワーク 代表 長澤裕二)